エベレストに挑む資格はあるか?
僕は登山家ではありません。
トレッキングやマウンテンバイク、カヌーやカヤックといったさまざまなアウトドアアクティビティをやっていましたが、登山自体を熱心にやっていた訳ではありません。
トレイル(山道)を走ったりはしますけど、雪山をアイゼンとピッケルで、という本格的な登山はやってきませんでした。
そんな僕にとって、エベレストに挑戦するのはやっぱりハードルが高いのです。でも心のどこかにずっとやりたい気持ちがありました。
実はかつてIWNCの仲間で女性登山家がいました。彼女は共に働くファシリテーターであり、優れたアルピニストでもありました。ところが、とても残念なことに2015年に山で命を落としてしまいました。
また、高校時代のチームメイト(バスケットボール)も、大学の山岳部時代にヒマラヤで遭難しています。
そんなこともあって僕の中では、山に向かうのなら相当な覚悟を持って、相応のステップを経てから、という気持ちがずっとありました。まずは国内で登山を繰り返し、難易度を上げ、海外の山もいくつか経験して、エベレストはそのずっと先。ものには順序があるのだ、と。
ところが、あるとき仲間の数名が「エベレストに挑戦する」と言い出しました。彼らに山の経験はほとんどありません。僕は複雑な心境でした。僕も行きたいと手を上げたい一方で、自分にはまだ海外の高所登山など資格が無いと思っていたからです。
うらやましいと思う気持ちがありつつ、自分にブレーキをかけていました。もしかしたら、単に自信が無かったのかもしれない。いろんな感情が入り混じっていました。
そんなとき、かつて海外のアドベンチャーレースを一緒に戦った女性メンバーと約20年振りに再会したのです。彼女は当時から山岳ガイドをしていて、ずっと山の世界で生きている人です。
彼女は2017年にエベレストに登頂していて、僕はそれをニュースで見て知っていました。会えばも当然エベレストの話になるわけで、そこで彼女がこんなことを口にしたんです。
「IKUちゃんも登れば?」。
もちろん登りたい気持ちはあるよ。でも、僕のような山の経験のない人間が軽々しくエベレストって口にするのは、本気でやってきた人たちからすると面白くないんじゃない?
すると彼女は実に軽やかにこう答えたのです。
「関係ないんじゃない?登りたいなら登ったらいいんじゃない?」
はっとしました。勝手に先入観を持っていたのは僕の方だったのです。「関係ないよ」。さらりと言った彼女の言葉がターニングポイントでした。このとき僕の前にエベレスト挑戦の扉が開きました。
こういう人との出会いもありました。倉岡裕之さん。三浦雄一郎さんが当時世界最高齢の80歳でエベレスト登頂を果たしたときに、サポートしたガイドが倉岡さんです。
イッテQというテレビ番組でイモトさんが南極の山に登るときにも倉岡さんがサポートしています。エベレストには9回登っています。今回の挑戦は彼にガイドをお願いしました。
僕が彼を信頼するエピソードの一つを紹介します。倉岡さんが2019年に別の隊員を連れてエベレストに行ったときのことです。
エベレストに登るチャンスなんて、そうそうありません。お金もかかります。できれば撤退したくない。登頂したい。その気持ちは僕もわかります。でも、そのせいで体力の限界まで頑張ってしまい、帰れなくなる場合もある。
倉岡さんは2019年のとき、行きたがる隊員を説得しました。その人の体力、天候などを冷静に見極めて、撤退するという決断をした。そして、きちんと戻ってきた。そういうことができる人なんです。
さきほど僕のエベレスト登山が3年延期になったと話しました。今思えばこの3年間はすごく重要な時間でした。
自分は本当に行くべきなのか、本当に行きたいのか。勢いだけで「行くぞ」って言ってしまったところもあったかもしれない。いろんな内省がありました。
そして今、挑戦しようという気持ちがいっそう強くなった自分がいます。やるべきだという想い、やりたいという想い、その両方があります。自分自身を試された3年間だったのかなと思います。