経営×脳科学

やる気のスイッチはどこにあるか

Hiro:ここでもう1個、また違うトピックに移らせていただきます。経営者たちにとって今、「レジリエンス=何かを乗り越えていく力」が問われていると、いろんな論文やリーダーシップに関する書籍で書かれています。「推進力」っていう言葉もありますが、どんな状況かでも笑ってどんどん前に進めていく力。さらには、人とは違った価値をパッと見出す力、先ほどひらめきって話もチラッとあったと思うんですが、「洞察力」や「インサイト」っていうような領域がこれからのリーダーに求められていくんではないかと言われています。このあたりと脳科学ってどのようにリンケージが張られるのか、お二人に聞いてみたいと思ったんですが。

八木:私自身は脳科学者でないので、浅知恵ですけど、今のHiroが言った「レジリエンス」だとか、「推進力」だとかって、我々みたいな素人からいうとどれだけドーパミンが出ている状態なのか、って感じがするよね。ドーパミンは一時的なものなので、何かをずっと求めていく状態を作るためにはコルチゾールってやつが関係しているって話を読んだことがあるんだけど、コルチゾールってのはさっき先生がおっしゃった、戦うか、逃げるかっていうところと結構関係のある副腎皮ホルモンだったと思うけど、そういうものがどういうふうに組み合わさったときに継続的なモチベーションとして働くのか。ある種のストレスが自分の中の推進力になるのかみたいな、そんなことなのかなって思ったりしたのですが。

Hiro:ドーパミンとかオキシトシンとかって、僕らは非常に局所的な知識の中で、推測で話をしているのですが、先生、今聞いていて「いや、まったく違うよ」なのか、「いやいや、結構当たっているよ」っていう話なのか、ちょっとお聞かせいただけますか。

川島:よく脳科学者がテレビなどに出てくると、まさにおっしゃるようなドーパミンがどうだとか、ヒスタミンがどうだとかおっしゃるんですけど、ほぼほぼいい加減なこと言っていると思ってもらって間違いないです。我々の脳の中で確かにドーパミンは分泌されます。それからオキシトシンも分泌されます。でもそれが今、どういう状態で増えているのか、減っているのかって、測定することは不可能なのです。多くの学者が末梢の血液とか尿とかそういった代謝物を測って物を言っているんですけど、すべての神経伝達物質が実は内臓でもっとたくさんの量が出ていて、内臓の状態を見ているだけで脳の状態を見ていることにつながる査証は1つもありません。唯一やれるのはドーパミンだとリセプターといって、出てきたものを受け止めるお皿があるんですけど、このお皿の分布に関してはCTを使って、放射能でラベルすると測ることができます。しかし、これもその瞬間瞬間がどうかじゃなくて、その人の1日の中で今の状態が平均するとこうだ、っていう話しかできません。なので、テレビに出る学者さんがドーパミンがね、なんて言っていても、ほとんど仮想の話をされていると思ってください。まだわかってないです。

Hiro:へえ、そうなんですね。

川島:人間の脳の中に針を刺しこんで、一回一回脳の組織を注射器で吸って来れば何かわかるんでしょうけど、それはできない話ですから、非常に嘘が多い。猿とかネズミの実験のデータをそのまま仮説として持ってきて、仮設の上の物語を語っているだけです。じゃあレジリエンスという観点で、脳科学的に切っていくと何が可能性として見えてくるかということなんですけど、レジリエンスと近い考え方として流動性知能といったものをご紹介したいと思います。流動性知能(fluid intelligence)って呼ばれていますが、これは経験したことのない新しい局面を打開する能力と定義されています。まさにレジリエンスの根っこの能力だと思っています。

Hiro:はい。

川島:流動性知能に関してはもともと人にある程度備わっていると言われていたのですが、我々の計測、実験によると作動記憶(ラウンドトレーニング)という記憶力のトレーニングをしてやると流動性知能がいくらでも伸びるということがわかっています。要するに背外側前頭前野、最初に説明した頭の横、ここにどうも鍵があると。ここをアップグレードすると流動性知能も伸びるのでおそらくビジネスにおいてもレジリエンスが発揮されやすくなるだろうと予測します。

Hiro:なるほど。

川島:継続の意欲ということに関しては、これはまだわかっていません。ただ、いろんな教育学のシステムなどから、ある程度のことはわかっていて、例えばリアルタイムのフィードバックを入れることによって継続の意欲を高めやすい、といったことはわかっています。また、ゴールを設定することによって人は意欲を持ち、努力を継続しやすいということは心理学的にある程度わかっています。しかし、それでも嫌なことは続けられないんです。そこが実は僕らも悩みの種でして、例えば僕が作った「脳トレ」でも、100人の人にやっていただくと、結局10人ぐらいしか継続しないんです。みんな最初は食いつくんだけど飽きて自然とドロップアウトしちゃう。すべてのゲームやアプリがみんなそうで、継続率10%でも高い方なのです。

Hiro:そうなのですね。

川島:じゃあドロップアウトさせないために何ができるか。教育心理学的に褒める言葉のフィードバックを入れようってことで、アバターが出てきて褒めるといったこともやってみたけれど、なかなか難しい。ですが、その「意欲が出てくる脳」の場所はわかっています。右の背外側前頭前野に意欲のフォーカスがあるんです。やる気スイッチってここにあることはわかっている。でもそのスイッチをどうやってオンにするかがまだ脳科学的にはわかっていません。

Hiro:おもしろい。

川島:「子どものコホート」と言って、我々は仙台市で毎年7万人の小中高校生を調べていて、学力を含めたデータが我々の研究所にあります。これを解析していくと、どうも自分自身の内側から出てくる意欲が高い子どもたちというのは「基本的な生活習慣がしっかりしている」というのが必要条件らしいことがわかってきました。きちんと三度の飯を食っているか。睡眠が規則正しく取れているか。それでスイッチがオンになるというのでなくて、それがうまくいかないとオンにならない可能性が高いと我々は今思っています。そこら辺はビジネスパーソンでいうと睡眠が大きなキーワードになるんじゃないかと思っていて、今多くの人は睡眠時間がどんどん短くなっていますし、睡眠の質も悪くなっていっています。いかに社員の方の睡眠の質を良くするかというテーマは、会社経営において意識してやってみると面白いことが起こるかもしれません。

Hiro:素晴らしい。どうですか八木G、それを受けて。

八木:まったく同感です。僕も若いころはあんまり寝ないでアホみたいに仕事していた。ただそうするとルーティン的な仕事はたくさんこなせても、クリエイティブなこと起こらないんです。僕は今、どんどん長く寝るようになっています。今だいたい1日7時間ぐらい寝ている。本当は8時間寝たいんだけどね。これ、寝た方が絶対調子いいです。間違いなく。試しに難しい本を読んでみてください。ちゃんと睡眠した後に読むのと、短い睡眠時間で読むのと全然違う。明らかに睡眠というのは思考に大きな影響があるってことがわかります。

川島:寿命にも影響します。ネズミの実験で睡眠を妨げるとあっという間にころころ死んでいっちゃいます。

八木:みんな寝てくださいね。努力家の人多いだろうから、寝ないでもいいって思っているだろうけど、嘘です。寝た方がいい。

Hiro:なんとなく見栄張っちゃうんですよね。なんか頑張っています感見せたい人って多いじゃないですか、俺は睡眠4時間です、俺は3時間ですっていう人、僕の周りでも結構いるんですけど。

八木:先生、脳細胞は入れ替わりが激しいわけだから、それを循環していくためにも夜寝るってことがすごく大事だという話を聞いたことあるんですけど。

川島:はい、日中脳が働くと、脳の中に微慢性の炎症がかならず起こります。睡眠をすることによってその炎症が取れる。炎症が取れないで残ると、アミノイドβやタウタンパクといったゴミが脳の中にたまりやすくなって、それはアルツハイマーの原因だということが、明確になってきています。きちんと寝ることが、脳をクリーンナップしてリフレッシュさせる。細胞レベル、分子レベルでそのようなことが起こっていることが、すでに証明されています。

八木:よかったね。今日見た人はよく寝てくださいよ。

目次